Scene
 

 

 

 

その3
とある町のとある風景
 

 

 


食堂には、珍しくラインが出来ている。親友達の、最後部のラインに並んで待った。思い思いの料理を好きなだけ取って行くバイキング形式の食堂である。後ろの方から、話し掛けて来る女性に振り向いた。知り合いの友達である。「・・・・・・」訳の解らぬフランス語に、戸惑いを見せる。・・・おいおい、止してくれよ・・・。・・・こんな所で、何なんだ・・・。

「今の話、解った? 」彼女は、言っていることを理解できたか聞いてきた。 うん、少しだけね。なんて言ったの? 彼女は、後に戻ろうとうする。

なんて言ったんだい?  黙っている彼女に、もう一度聞いたが、彼女は微笑むだけである。彼女は黙って、最後部に並んだ。

料理を手に、空いているテーブルを探す。席に着き黙って食べていると、近くのテーブルで食べていた友達が、席を立って料理を手に近づいて来る。

「座ってもいいかい? 」 勿論だとも、どうぞ。彼は、向かい合わせの席に着いた。

「さっきの彼女ね、知っているのかい? 」ああ、友達だよ。「皆に気づかれないようにと、フランス語で告白するとはね。余程、愛しているんだね」告白って、何をさ。「意味が解ってなかったのかい? 」解ったのは、愛しているってことだけさ。後は、さっぱり解らなかったよ。

「そうか・・・どういう子なんだい? つまり、家族とか」

うむ、彼女のお父さんは、会社を経営しているらしい。家を一軒建ててあげると言っているらしいよ。三人姉妹らしいよ。

「成る程ね。それで・・・」 彼は、料理を美味そうに頬張った。おい、彼女はなんて言ったんだい? 気になって食べるどころではない。

「結婚して欲しいらしい。彼女のお父さんの経営する会社をだろうね、手伝ってくれってさ。いい話じゃないか。彼女は美人だし、代わりたいくらいだよ」 帰らなければならないことになっているのは、知っているだろう?

「知っているけど、帰る必要はないだろう。永住すればいいのさ」おい、おい、簡単に言うなよ。だから、悲しくなっちゃあ〜いけないと、恋愛は控えているんだよ。悲しい思いをさせるだけさ。「連れて帰ればいいだろう」うん、仰る通りです。

「ところで、お願いがあるんだけど、聞いてくれるかい? 」 なんだい?

「あそこに座っている彼女ね。彼女を、テニスに誘って欲しいんだ」 どこ? 「あそこさ」 ああ、知っている。彼女にねえ。言ってあげるよ。

「有難う。自分のことになると、どうも駄目なんだよね」 彼は、恥ずかしそうに俯いた。

なんだよ、しっかりしろよ。「うん」

彼のスケジュールを聞き、都合の良き日にテニスが出来るようにと、一肌脱ぐことになった。

「じゃ、頼んだよ」 ああ、まかせろよ。 彼は、食事を済ませると、さっさと席を立って行った。

 

「何処に行くんだい?」歩いていると、見慣れた車が横に止まった。やあ、元気かい? そこの、公園まで散歩さ。止まった車の窓から、顔を出している友達に返事を返した。「元気だよ?」と、彼は微笑む。

そう・・・それは良かった。友と会った時の、何気ない何時もの会話である。

君は、何処に行くんだい? 「スーパーマーケットまでね。一緒に買い物に行かないかい? 散歩するより面白いぜ」

散歩するより面白いと、友達は言う。面白いって?  何が面白いのさ。「面白いだろう? 色んな商品が並んでいる。その顔を見るのも、楽しいもんさ」 楽しいかねえ。並んでいる商品を見て楽しいとは、そっちの方が余程面白いね。彼の目は、必要以上に誘っている。・・・それじゃ、楽しい方に行こうか。

「そう来なくっちゃ。一人で買い物しても、つまんないんだよね。さあ、乗れよ」 なんだ、そう言う事でしたか。

彼の車に乗り込んだ。公園とは逆の方へと車は走る。暫くすると、町の中心を抜けて郊外のショッピングセンターへと入って行った。日曜日の午後である。家族連れなど買い物客は多かった。

車を駐車場に停め、彼はお目当てのお店を探す。ウェスタンのメロディに誘われて、中へと入って行った。

買い物篭に、楽しい顔をしていると言っている商品を、彼はどんどん入れていく。彼の動きを、ただ黙って横で眺めているだけである。面白い筈がない。「おい、見ろよ」お店に入って来た、髪の長い彼女を見て言った。「可愛いねえ。ここのショッピングセンターには、美人がよく買い物に来るんだよ」そう、それは初耳だね。「誘ってみようか? おい、止せよ。恋人から怒られるぞ。「そうだね」彼は、素直に頷いた。

彼の恋人は、何マイルも離れた町にあって、遠距離恋愛中である。

店を出て、買い物袋を車に積み込んだ。「さっ、行こうか? テキーラを一杯というのは、どうだい? 」

いいねえ。

 

「手紙が来ているよ」フロント係の男性が、声を掛けた。 手紙が?・・・。 手紙を受け取り驚いた。

新聞紙を半分に折った大きさの手紙に、眼を丸くしてフロント係を見た。

「それから、これも」少し大きめの手紙が数通、普通サイズの封筒の手紙が数通にエアメール一通であった。フロント係は、微笑んだ。「大きな愛を貰ったね」

えっ、大きな愛だって? ・・・。軽いジョークを言ったフロント係は、「そうだよ、きょうは、バレンタインズデェイだよ。ほら、チョコレートの贈り物も添えてあるよ」リボンで括ってあるチョコレートを手渡す。「持てる?」 ええ、何とか・・・

有難う。お礼を言って、部屋に戻った。有難いことだ。生まれて初めてのバレンタインズデェイのチョコレートとメッセージを、ここで貰うとは予想もしなかっただけに、嬉しくて涙が出る思いであった。メッセージの内容は、人柄を誉める言葉に、愛の言葉であった。柔らかい愛の言葉が並び、うっとりする。画用紙に、絵を描いてメッセージを添えている子もいた。それ程上手いとは言えない絵に、熱い思いが伝わって来る。一生懸命、描いてくれたんだね。有難う。

エアメールは、数ヶ月前に町を案内してあげたそのお礼と、バレンタインズデェイのメッセージである。それは、愛の告白と言えるものではなく、ハニムーンには愛する人と訪れてくれとの招待状である。予想外の展開に、スキーが得意だと言っていた彼女の笑顔が浮かんだ。新婚旅行のご招待とは、あの人らしいと思って薄ら笑いを浮かべていた。行けたら良いのだけど・・・先ずは、恋人を探す方が先だよね。遠い国だなあ・・・いつか行きたい・・・恋人と・・・。

貰った手紙を何度も読んだ。文章の一文字一文字が温かく、心を包み込んでくれる。それは、忘れかけていた故郷を思い出させてくれるメッセージでもあった。

次の日は、彼女達に遇った。微笑んでお礼を言うと、返って来る言葉は殆んど同じ、「良いのよ。心のメッセージよ。受け取ってくれた」である。

彼女達の素直さに、感動するだけである。「いつか、デートしてね」 ああ、俺でよけりゃ、いつでも良いよ。「嬉しい。約束よ」 うん、テェイク、イッツ、イージィ、じゃ、またね。

 

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